掲載日:2026年04月03日
千葉 晋 さんむつ市 / 美付ファーム 代表
- 経営概要
- 和牛(黒毛和種)の繁殖・販売(母牛60頭飼養)、繁殖預託、受精卵移植事業
製薬会社の営業職として勤務していた福島県で、東日本大震災に被災したことをきっかけに、地元にUターンして家業の和牛繁殖牧場を継承することを決意。2012年に青森県むつ市で就農、2013年に本格的に経営を引き継ぎ、2014年に美付ファーム設立。2018年度に青森県農業経営士認定。現在はむつ下北地区指導農業士会で会長、下北地方和牛改良組合で組合長を務め、地域の農産業をけん引している。
会社概要
| 会社名 | 美付ファーム |
|---|---|
| 代表 | 千葉晋 |
| 所在地 | 〒035-0022 青森県むつ市関根字水川目130-5 |
| 設立 | 2014年 |
| 連絡先 | TEL:0175-34-9118 |
| 事業内容 | ・和牛(黒毛和種)の繁殖、子牛販売 ・繁殖預託事業 ・受精卵移植事業 |
| 従業員数 | 家族1名、常雇用2名、臨時雇用1名 |
就農した経緯
むつ市の実家で営んでいた和牛の繁殖牧場を受け継ごうと思ったのが就農の理由です。ただ、大学生のころは、経営に苦労していた父から「農業はやるな」と言われており、自分としてもスーツを着て働く仕事が『かっこいい』との憧れもあって、卒業後は製薬会社に就職。営業職(MR)として働いていました。
転機となったのは、社会人になって12年ほど経った頃に経験した東日本大震災でした。当時は福島県いわき市の担当で、現地で被災したのですが、甚大な被害の中、復興に向けて立ち上がる地元の人々の姿を間近で見て、これまでの自分、そしてこれからの人生について深く考えさせられました。
その結果、「残りの人生の全てをかけて、自分が生まれ育った地に恩返しをしたい」と思い立ちました。故郷で農業の道に進むことが、自分にしかできない仕事になるはずだと決心したんです。
就農当初は「儲かる農業、かっこいい農業をやろう」と考えていました。しかし、実際に農業経営の現場に入り、多くの人と出会い、農業の実情や課題に触れる中で、ただ単に自分が儲かるだけでは足りないと感じるようになりました。自分の背中を見た子供たちや若い世代が「農業をやってみたい」と志すきっかけを作ることこそが、真に下北への恩返しになると考え、経営に取り組んでいます。
経営の取組について
牛たちの栄養管理の改善
父から経営を引き継いだばかりのころは知識も経験もなく、母牛の栄養管理不足から子牛の下痢や肺炎に悩まされました。そこで対策として取り組んだのが人工哺育。かつては人工乳で牛を育成させるのは難しいと言われていましたが、近年はミルクの品質が向上してきたことで取り入れる農家も増え、自分の牧場でも栄養管理が効果的に改善できると考えました。ミルクの適切な給与量や温度管理などを調べた上で徹底的に研究し、試行錯誤を重ねました。
ノウハウがまったくない状態からのスタートですから、管理が行き届かずに死なせてしまった子牛の数は決して少なくありません。失敗を繰り返して「ここまでやれば絶対大丈夫だ」というところまで改善しても、病気はどうしても発生してしまう。どんなに頑張ったところで「完璧はない」と悟るまでには時間が掛かりました。経験を重ねてようやく「牛を病気にさせない努力をしつつも、病気になってしまった後の対応をどうするか」と考えを転換できてからは、自ずと管理がうまくいくようになりました。父の跡を継いだ時点では20頭だった母牛は、現在60頭に増えています。ここに至るまでには犠牲もありましたが、これまでの経験が糧となって、現在の牧場経営があります。
経営安定化の取組
就農してから現在までを振り返ると、口蹄疫や東日本大震災後の原発事故による風評被害、コロナ禍やウクライナ情勢による飼料高騰など、農業を取り巻く社会情勢によって子牛価格は乱高下を繰り返しました。こうした市場の不安定さに対して、経営を安定させようと導入したのが「繁殖預託事業」と「受精卵移植事業」です。
ほとんどの繁殖農家は、母牛1頭につき「年1産」を目標に取り組んでいますが、実際は繁殖がうまくいかなかったり、分娩事故などが生じる都合で、現実的な出生率は80%程度にとどまります。えさ代など母牛1頭に掛かる管理コストは子牛を生んでも生まなくても変わらないため、子牛の生産が少ないと経営は圧迫されます。満たない頭数を穴埋めするため、自家所有の牛だけに頼るのではなく、酪農家さんのホルスタイン種に和牛の受精卵を移植して、出産後に引き取るまで、お腹の中で子牛を育ててもらう(受精卵移植事業)、あるいはほかの畜産家さんから母牛を預かって繁殖させる(繁殖預託事業)。こうした手法を複合的に取り入れることでリスクの分散を図っています。
農業のやりがいについて
繁殖農家は、新しい命を授かり、それを健康に育てて肥育農家さんへバトンをつなぐ仕事。まさに「命の始まり」を担当しているという責任と誇りを感じます。例えば後躯(体の後方部分)が弱いと見立てた母牛がいれば、その弱さを改善できる見込みのある牛の精液を選択するという交配計画を立てます。そうして生まれた子牛が思い通りに成長を遂げてくれたときの喜びは、何事にも代えがたいものがあります。農業は「無限の可能性を秘めている」と長年言われ続けています。自分が立てる事業計画や自らの経営手腕次第で、その可能性を現実のものにできることが農業の最大のやりがいです。
産地発展のために重要と考えていること
産地の発展のために重要だと考えているのが「産地へのこだわり」と「ブランド化」です。現在の和牛の流通ルールでは、生まれた場所ではなく、最も長く飼育された場所が産地として表記されます。そのため、青森県で生まれた牛でも、枝肉として出荷されるときは他県産となるのがほとんど。また地元で生まれた子牛でも、母牛の出身が他県ということもあります。
そこで、下北の地に代々引き継がれてきた母系統による正真正銘の「下北の和牛」を作ることができれば面白いな、と考えています。下北には昭和中期から根付いたとされる黒毛和種が12系統、現存します。この血統を守り、活用して「純・下北産」の牛肉をブランド化できれば、この地域の大きな武器になります。外国人が好むような「ストーリー(物語)」もあり、近年勢いのあるインバウンド需要にも合致します。そのためには現在の繁殖から手を広げ、肥育までを一貫して行わなければならず、現在はまだまだ妄想の域を出ませんが、将来的には競争力のある牛肉を下北から発信していきたいですね。
地域活動・後継者育成について
むつ下北地区指導農業士会の会長として、地域イベントやマルシェでのPR活動を行っています。以前、小学校で職業紹介授業をした際、人数としては多くはないのですが「白黒模様の牛(ホルスタイン種)しか知らない」「黒い牛からは黒い牛乳が出ると思っている」という子がいたことに衝撃を受けました。農業はかねてから後継者不足が叫ばれていますが、まずは子どもたちに農業の正しい知識と魅力を伝えることがスタートだと感じています。
また、農業をただ継承させていくだけでなく、地域産業の中核へと押し上げたいと考えています。世界的にカーボンニュートラルが重要視される中、農業はエネルギーの地域循環に欠かせないファクターです。牛の排泄物(堆肥)を利用したバイオマス発電などはその一例。農産物や副産物を地域に還元し、エネルギー生産までを含めた循環型農業を構築することで、持続可能な地域の未来が描けるはずだと考えています。行政と農家が連携し、この構想を実現させることも私の夢の一つです。
プライベートの過ごし方、農家ならではの楽しみ
農家になってからは、お米や魚、そしてお肉の味に厳しくなりました(笑)。自分が生産者になることで、食材の違いが分かるようになったのだと思います。趣味は日本酒を取り寄せて楽しむこと。以前は高級なレストランや料亭での食事が贅沢だと思っていましたが、今は「炊きたての新米を食べ、美味しい和牛を食べ、日本酒を嗜むこと」こそが、日本人にとって最高の贅沢だと感じています。値段が高いだけが贅沢じゃないという部分を感じ取れるようになったのは、農業を始めて良かったと思えることの一つですね。最近はPTA活動で知り合った、気の合う仲間たちと日本酒談義をすることが楽しみの一つになっています。こうしたわがままを許してくれる家族には、本当に感謝しています。
今後の展望と課題
現在、和牛の子牛価格は上昇傾向にありますが、それは離農者が増えたことによる供給量低下というネガティブな理由で、枝肉価格は低迷が続いています。一方で和牛肉の小売価格は高値で安定しており、この乖離を是正することがまず必要です。既存の流通ルートだけでなく、自ら販路を開拓し、マージンコストを削減するなどの改革をした上で、将来的には先に紹介した下北牛ブランド構想のように、繁殖だけでなく肥育まで一貫経営することで、高品質で手頃な価格の牛肉を地元の消費者に直接届けられる仕組みを作りたいです。「地元のお肉」を欲しがっている人たちがたくさんいますが、私自身は繁殖農家なので直接お肉を提供できないことに歯がゆさを感じています。肥育まで展開するには資金面でのハードルが高いですが、ゆくゆくは地産地消モデルと下北牛ブランドを確立させ、産地の発展につなげたいと考えています。
若手生産者・新規就農者へのメッセージ
農業には「稼げない」「きつい」というイメージがあるかもしれませんが、やり方次第で十分に収益を上げられる職業です。例えば「年収1000万円」という数字は、サラリーマンで実現するには困難で長い年月もかかりますが、農業経営者なら努力と計画次第で到達できる目標です。経営規模を広げるために金融機関から融資を受けることを尻込みする生産者が散見されますが、私自身、製薬会社時代に扱っていた売り上げ規模を考えれば、農業における資金調達と投資に臆することはありませんでした。「農業は儲かる」という夢を持って、高い目標へ積極的に挑戦してほしいですね。
これから就農する方には、「農業ばかりで頭がカチカチの人間」にはなってほしくないと思っています。栽培技術や知識があるのはプロとして当たり前。それだけでなく、政治経済や社会情勢など、世の中の動きに広くアンテナを張れる人間であってほしい。多角的な視点を持つことは、経営判断の助けになりますし、地域社会のリーダーとしても必要とされる資質です。魅力ある人間のもとには、自然と人が集まり、応援してくれる仲間が増えていきます。農業は、独りだけではどうにもならない産業ですから。
新規就農したばかりの頃は、やる気に満ちあふれて「あれもこれも」と手を広げがちです。しかし、まずは一つのことを確実にやり遂げる。それが成功への一番の近道です。分からないことがあれば、行政の担当者や私たち先輩農家にどんどん聞いてください。挑戦する人を邪魔する人はいません。皆さんの覚悟と情熱を、私たちは全力で応援します。
先輩インタビュー
千葉 晋さん
むつ市 / 和牛(黒毛和種)の繁殖・販売、繁殖預託、受精卵移植事業
小田切 葵さん
弘前市 / りんご・ぶどう
加納 良介さん・可奈恵さん
南部町 / さつまいも・じゃがいも・にんにく・とうもろこし
株式会社NAMIKIデーリィファーム
野辺地町 / 生乳・仔牛
葛西 貴大さん
田舎館村 / 冬春いちご(とちおとめ)
株式会社 甲田ファー夢
代表取締役 甲田 秀行さん
十和田市 / キャベツ,ながいも,にんにく
山田 俊さん・園実さん
鶴田町 / ぶどう(スチューベン)
有限会社 まごころ農場
代表取締役 斎藤 靖彦さん
弘前市 / ミニトマト,りんご,農産加工
有限会社 風丸農場
代表取締役 木村 農也さん
鯵ヶ沢町 / 水稲,大豆,りんご
田邊 真太郎さん
平内町 / お米,そば,大豆,野菜(ピーマン他、多品目栽培)
「攻めの農林水産業賞」受賞者たちの今を動画で御紹介します
株式会社中里青果
五戸町 / ながいも、だいこん、ごぼう
みらいファーム・ラボ 株式会社小栗山農園
弘前市 / りんご
農業生産法人 株式会社よしだや
三戸町 / にんにく
沢森 靖史さん
田子町 / にんにく, えごま
高井 啓さん・美奈子さん
平川市 / ミニトマト, ネギ
木村 恵莉子さん
青森市 / りんご
佐々木 基さん
十和田市 / 黒毛和牛, 短角牛
濱田 裕子さん
東通村 / いちご, ほうれん草, さつまいも, そば